知的な家族ほど消滅する

 今日も雨です。
 かなりうんざり。
 電車は遅れるし、いいことないね。
 その上、むしむしして気持ちが悪い。
 朝から、仕方なく授業です。

 村上春樹の小説をやることにいたしました。
 試験が作れるのかな。
 はなはだ不安であります。
 今月はシルバーウィークもあるし、やたらと潰れる。
 でも、まあこんなもんか。

 村上さんも随分年をとりました。
 毎年のように繰り返されるノーベル賞騒ぎもなんとかならんもんか。
 外国へ行くと、彼の翻訳された本がたくさん置いてあります。
 すごいもんだ。
 無国籍の文学といったらいいのかな。
 都市の文学ですよ。

 どこにでもある都会の風景。
 だから読む人も感情移入しやすいんでしょう。
 一年、年が上です。
 なんかへんな感じ。
 もうそんな感じなんだよね。

 帰りに図書室で借りた本を読みました。
 下重暁子さんの『家族という病』です。
 昔、霞ヶ関のNHKの前で、彼女にお目にかかりました。
 ご挨拶もしちゃいました。
 その花形アナにこれだけの複雑な家庭事情があったとは…。

 随分売れてるみたいですね。
 家族って重い。
 
 その中にあった言葉が今日のタイトルです。
 叔母のみごとな最期の様子。
 最後まで自立した女でいようとした彼女は、誰にも甘えることなく逝ったそうです。
 残された者は悲しい。
 あそこまで、自分ですべてを仕切る必要がなかったのに。
 知的な家族は消滅するのです。

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